足首をひねった際、「骨折していないから大丈夫」と思いがちですが、それは大きな間違いです。靭帯の損傷は骨折と同じか、それ以上に治りにくく後遺症を残すリスクがあります。なかでも足首の“内返し”によって高頻度に傷めやすいのが「前距腓靭帯」です。この靭帯を断裂すると、足首の不安定感や慢性痛などが長引くことも少なくありません。そこで、足首の捻挫のなかでも特に損傷が多い前距腓靭帯にフォーカスし、場所や役割、合併しやすいケガ、治療やリハビリのポイント、後遺症のリスクなどを詳しく解説していきます。今まさに足首を傷めてしまった人、あるいは捻挫を繰り返していてなかなか痛みが消えない人は、参考にしてみてください。
※本記事は、足首周辺のケガに関する一般的な情報を紹介するものであり、医療機関での診断や治療に代わるものではありません。受傷した場合は専門の医師による正しい診察と指導を受けるようにしてください。また、記事執筆時点の情報につき、医学の進歩等に伴い変更が生じる可能性がある点はご了承ください。
前距腓靭帯とは?役割と場所
前距腓靭帯(ぜんきょひじんたい)は英語でAnterior Talofibular Ligament(ATFL)とも呼ばれ、足首の外側(腓骨外果:いわゆる外くるぶしの部分)と距骨(足首の中央に位置する骨)をつないでいます。平たい帯状の靭帯で、足首を安定させるうえで非常に重要な役割を担います。
足首は歩行時やスポーツでのステップなどで、底屈(つま先を下げる動き)と背屈(つま先を上げる動き)、さらに内反や外反など多方向に動きます。そのなかで、足首を底屈すると距骨が脛骨や踵骨の間に挟まれ、前方にズレやすくなります。前距腓靭帯は、この「距骨の前方へのズレ」を抑える役割をもち、同時に足首の外側が過剰に動きすぎないようにサポートしているのです。
足首の内返し(内反)で断裂しやすい理由
足首をひねる捻挫は、内返し(足裏を内側へ向ける動き)と外返し(足裏を外側へ向ける動き)に大別されますが、多くは内返しで起こります。特に前距腓靭帯は、内返しが強制されたときに最初に大きな張力がかかりやすく、その結果、部分断裂や完全断裂に至ることが少なくありません。
具体的には、内返しの動きが底屈(つま先を下げる動き)と組み合わさると可動域が大きくなる分、不安定性も高まります。このため、足をひねった瞬間にいちばん最初に強い負荷を受けるのが前距腓靭帯なのです。スポーツ現場ではもちろん、ハイヒールや厚底靴、段差の踏み外しなど、日常的にも起こりやすいケガなので、幅広い年代で見られる特徴があります。
前距腓靭帯損傷に合併しやすい部位
前距腓靭帯だけが単独で損傷するケースも多いですが、足首を強くひねった際は複数の靭帯や骨が同時にダメージを受けている可能性もあります。そのため、以下の部位も合わせてチェックする必要があります。
●踵腓靭帯
内返し捻挫では、前距腓靭帯に次いで損傷しやすいのが踵腓靭帯です。前距腓靭帯と同時に断裂していることも少なくありません。
●遠位前脛腓靭帯
距骨が前後にズレる力で、脛骨と腓骨の間にある前脛腓靭帯(特に足首に近い部分)を傷める場合があります。
●足関節内側・距骨下の靭帯・関節軟骨
強度な内反捻挫では足首内側にも負荷がかかり、距骨や軟骨を傷めたり、さらに周辺の靭帯まで損傷していることがあります。場合によっては後脛骨筋腱が内くるぶしや踵骨に挟まれて痛めるケースも見られます。
鑑別が必要なほかのケガ
内返し捻挫の発生機序は同じでも、靭帯ではなく骨や腱の一部が引っ張られて骨折・炎症を起こすことがあります。受傷直後は似たような腫れ方や痛み方をするため、見た目や痛みの範囲だけでは判断が難しいことも多いです。以下のようなケガの可能性も考慮し、医療機関でしっかり診察を受けましょう。
●外果剥離骨折
前距腓靭帯が骨側を強く引っぱることで、外くるぶしの一部が剥がれてしまう骨折です。
●第5中足骨基底部骨折(ゲタ骨折)
足の小指側外縁付近にある第5中足骨の基底部が、内反時の腓骨筋腱に引っ張られ裂離骨折を起こすものです。腫れはくるぶし周辺だけでなく足の外側まで広がりやすく、ただの捻挫と見分けがつかないことがあります。
●二分靭帯損傷・踵骨前方突起裂離骨折
底屈気味の状態で内反が強制されると、足の甲側に近いところにある二分靭帯や踵骨前方突起を剥離骨折するケースもあり、やはり前距腓靭帯損傷とよく似た痛みや腫れを生じます。
●腓骨筋腱炎・腓骨筋腱脱臼
外くるぶしの後ろを回り込む腓骨筋腱が炎症を起こす「腓骨筋腱炎」や、外くるぶしの溝から腱が脱臼してしまう「腓骨筋腱脱臼」も、内反捻挫と同時発生することがあります。腱周囲の痛みが強い場合は要注意です。
前距腓靭帯損傷の主な症状
前距腓靭帯を損傷すると、外くるぶし周辺に強い腫れや圧痛、皮下出血が出現します。特に腫脹が顕著で、皮下出血(内出血斑)が濃く広範囲に及ぶケースも珍しくありません。また、前距腓靭帯が完全に断裂している場合、足首に著しい不安定感があり、荷重歩行が困難になることもあります。
●代表的な徒手検査
・内反ストレステスト
足を内反方向へ押し込み、痛みの度合いやどの位置で痛むかを調べるテストです。レントゲン撮影時に内反ストレスをかける場合もあります。
・前方引き出しテスト
足首を固定しながら踵骨を前に引き出していき、距骨が異常に前へ動くかどうか、患者本人が強い不安感を訴えるかなどを確認します。前距腓靭帯が断裂していると、距骨がズルッと前へ動きやすくなります。
なお、足首の捻挫はベッドに仰向けで寝ていても前方引き出し方向に力がかかる場合があります。できれば、ふくらはぎの下にクッションなどを入れ、かかとが接地しないようにしておくと痛みの軽減に役立ちます。
治療・固定と回復までの期間
足首をひねった直後は、まず「PRICE処置」を徹底します。これは保護(Protection)、安静(Rest)、冷却(Ice)、圧迫(Compression)、挙上(Elevation)の頭文字をとったもので、患部を保護し安静を保ちながら冷却・圧迫・挙上によって腫れや内出血を抑え、治癒を早める応急手当です。最近では、軽く動かしながら保護する「POLICE処置」が推奨される場合もありますが、いずれにしても安易に動かすと悪化する恐れがあります。受傷後はまず医療機関を受診し、骨折の有無や断裂の程度を診断してもらいましょう。
靭帯損傷の治療は、損傷度合いによって異なります。微細損傷(I度)や部分断裂(II度)であれば、ギプスシーネやサポーター、包帯などを使った保存療法が中心です。一方、靭帯が完全に断裂(III度)している場合は、手術が検討されることもあります。
●固定期間の目安
・軽度(I度・II度)…1~2週間ほどの固定
・重度(III度)……4~5週間ほどの固定(手術後も含む)
固定時は足首が直角になるような角度を保つのが基本です。底屈位(つま先を下げた状態)で固定すると不安定になりやすく、さらに靭帯を延長したまま治癒させてしまう可能性もあるため、固定する際は正しい角度にしておく必要があります。
後遺症と予後に気をつけよう
前距腓靭帯損傷は、受傷直後の処置や固定期間の管理が不十分だと、慢性的な足首のゆるみや痛みを残しやすい傾向があります。とくに以下のような後遺症につながる例が多く、再負傷や変形性関節症へ進行するケースもあります。
●足関節不安定症
靭帯が緩んだまま治癒し、足首のぐらつきや違和感が続く状態です。スポーツのみならず、日常生活でも再度足首をひねりやすくなります。
●足根洞症候群
靭帯損傷時の内出血や炎症が足根洞(足首の奥にある空間)に残り、慢性的な痛みやしびれを引き起こすものです。
●変形性足関節症
距骨や軟骨が不安定な状態で擦り減り、軟骨が破損・変形していく疾患です。長期にわたり炎症を繰り返すことで、徐々に関節面が変性してしまいます。
●慢性足関節炎
靭帯や軟骨へのダメージが蓄積し、足首の内部で炎症が継続する状態です。足首が腫れやすく、少しの動作でも痛みが出るようになる可能性があります。
●立方骨症候群
前距腓靭帯の損傷後に足首のバランスが崩れ、足根骨の一つである立方骨周辺に負荷がかかって痛みが生じるケースです。足裏や外側が強く痛むことがあります。
リハビリが回復と再発予防のカギ
捻挫後は靭帯が傷つくだけでなく、長期間固定することで関節周囲の軟部組織や神経系統にも影響が及びます。固定を外したらすぐに痛みが消えるわけではなく、以下のようなリハビリテーションを通じて正常な足首の機能を取り戻し、再発を防ぐことが大切です。
●可動域トレーニング
まずは足首をゆっくり動かし、固まってしまった関節や筋肉をほぐします。痛みを感じない程度に小さな動きから始め、徐々に可動域を広げていきます。
●腓骨筋の強化
靭帯を直接鍛えることはできませんが、外側の腓骨筋(長腓骨筋・短腓骨筋)を強化することで足首の安定性を高められます。タオルやセラバンドなどを用い、つま先を内反・外反させるエクササイズなどが一般的です。負荷が強すぎると再負傷を招きやすいので、段階的に行いましょう。
●バランストレーニング
捻挫によって損なわれた足首周りの感覚器や神経機能を“再教育”するため、片足立ちなどのバランストレーニングが有用です。まずは安定した床で片足立ちをし、慣れてきたら浮かせた足を動かしたり、柔らかいマットの上で行うなど、難易度を上げていきます。
まとめ
足首を内返しでひねったとき、最も損傷しやすいのが「前距腓靭帯」で、靭帯が断裂すると強い痛みや腫れ、内出血だけでなく、治癒後もゆるみが残りやすい特徴があります。適切な固定をしないと足首の不安定性から再度捻挫を繰り返し、慢性的な足関節炎や変形性足関節症に進行するリスクも高まります。受傷直後の処置や医療機関での早期受診、そして正しいリハビリによる可動域の回復や筋力強化が、後遺症の防止とスムーズな回復への近道です。足首の捻挫を甘く見ず、しっかりケアしていきましょう。