胸や肩、腕に不快なしびれや痛みが走った経験はありませんか? 日常生活の中で腕を上げる動作をすると、じわじわとしたしびれや鋭い痛みが生じたり、握力が低下して物をつかみにくくなったりする症状がある場合、「胸郭出口症候群」の可能性があります。これは首から腕に伸びる神経(腕神経叢)や血管(鎖骨下動脈・鎖骨下静脈)が圧迫されることで、上肢のしびれや痛みが出現する疾患です。姿勢の乱れや重いものを持つ仕事、なで肩体型などが影響しやすく、早めに対処しないと日常生活や仕事に支障をきたすこともあります。ここでは胸郭出口症候群の具体的な症状や原因、診断方法、そして予防や治療のポイントについて、詳しく解説していきます。
胸郭出口症候群の主な症状
胸郭出口症候群は、腕や肩、首まわりに多彩な症状を引き起こすのが特徴です。最初は「なんとなく腕が重たい」「手がしびれる」程度かもしれませんが、次第に痛みや運動障害へとつながっていく場合もあります。以下のような症状が見られるときは要注意です。
- 腕を挙げるとしびれや痛みが走る
つり革につかまる動作や物干しのように腕を高く上げる姿勢で、上肢にしびれが生じたり、肩や腕、肩甲骨周囲に痛みを感じたりします。前腕の小指側や手の小指付近に、うずくような痛みやビリビリとしたしびれ感が広がることも多いです。 - 手指の動かしにくさや握力低下
細かい動作がしづらくなったり、握力が落ちて物を落としやすくなったりします。進行すると、手の甲や小指球筋(手のひらの小指側の膨らみ)がやせてきて、見た目でも手の筋肉の萎縮がわかることがあります。 - 腕の血色変化(白っぽい・青紫色になる)
鎖骨下動脈が圧迫される場合には血行が悪くなり腕が白っぽくなって痛みを伴い、鎖骨下静脈が圧迫される場合には静脈血が滞りやすくなり、腕や手が青紫色に変化します。
こうした神経症状や血行障害が繰り返されると、日常動作が大きく制限されるだけでなく、夜間痛などにより睡眠の質が落ち、疲労やストレスが溜まってしまうこともあります。
胸郭出口症候群の原因と病態
首から肩、腕にかけて走行する腕神経叢と鎖骨下動脈・鎖骨下静脈は、以下の三つの部位を通る際に圧迫や絞扼(こうやく)を受けやすいことがわかっています。
- 前斜角筋と中斜角筋の間
- 鎖骨と第1肋骨の間(肋鎖間隙)
- 小胸筋と肩甲骨烏口突起の付着部付近
これらのいずれかで絞扼が生じて神経・血管が圧迫されると、上肢のしびれや痛み、血行障害が起こります。絞扼される部位によって名称が異なり、斜角筋症候群や肋鎖症候群、小胸筋症候群(過外転症候群)などと呼ばれますが、総称として「胸郭出口症候群」とまとめられます。
頚肋(けいろく)が原因となる場合
頚椎のうち第7頚椎(場合によっては第6頚椎)から骨が肋骨のように飛び出している「頚肋」と呼ばれる先天的な変形があると、神経や血管がさらに圧迫されやすくなります。頚肋の大きさや形状によって症状の出方は変わりますが、原因不明の腕や肩の痛みに悩む場合、この頚肋が関わっているケースもあるため注意が必要です。
胸郭出口症候群の診断方法
胸郭出口症候群は症状の多様性に加え、頚椎椎間板ヘルニアや頚椎症、肘部管症候群、腕神経叢腫瘍、脊髄腫瘍など、ほかの疾患でも似たような症状が出現することがあります。そのため、正確な診断が欠かせません。以下のような検査やテストが用いられます。
- 触診と理学所見
なで肩の女性や重労働をする方などで、先述した腕のしびれや痛みがある場合、まず胸郭出口症候群が疑われます。鎖骨上部を触った際、頚肋が触知されるときは頚肋が原因の可能性が高いです。 - アドソンテスト
痛みやしびれのある側に顔を向け、首を少し後方へ反らせて深呼吸すると、鎖骨下動脈が圧迫されて手首(橈骨動脈)の脈が弱くなる、あるいは消失することがあります。これを陽性所見とみなし、胸郭出口症候群の疑いが高まります。 - ライトテスト
座った姿勢で両肩を90度外転・90度外旋、肘を90度に曲げたまま保持すると、圧迫により手首(橈骨動脈)の脈が弱くなったり、手が白くなったりします。これが陽性となるのも胸郭出口症候群を示唆します。 - ルーステスト
ライトテストと同じ肢位をとり、3分ほど手指の屈伸を続けて行うテストです。しびれや腕のだるさによって動作が続行困難になる場合、陽性と判定されます。 - エデンテスト
胸を張り、両肩を後ろかつ下方に引いた状態で手首の脈を確認します。弱くなったり消失するようであれば陽性です。 - X線(レントゲン)検査
第6〜7頚椎から出る頚肋の有無を確認したり、肋鎖間隙が狭くなっていないかを調べたりします。
こうした検査で胸郭出口症候群の可能性が高いと判断された場合、ほかの似た症状を起こす疾患(頚椎椎間板ヘルニア・頚椎症・肘部管症候群・脊髄空洞症など)を除外して最終的な診断を下していきます。
予防と保存療法の重要性
胸郭出口症候群と診断されたからといって、すぐ手術というわけではありません。多くの場合、日常動作の見直しや姿勢改善、筋力トレーニングなどの保存的な治療から始めます。
- 上肢を挙上した仕事や重い荷物の運搬を避ける
腕を上にあげたままの作業が続くと、神経・血管の圧迫が増して症状が悪化する可能性があります。また、重い荷物をリュックサックで担ぐ習慣も要注意です。 - 肩甲帯を支える筋肉の強化
肩や首まわりを支える僧帽筋や肩甲挙筋のエクササイズを取り入れると、肩甲帯が下がりすぎる姿勢を改善できます。なで肩の人は特に肩甲帯が下がりやすく、神経・血管の通り道を狭める可能性があるため、これらの筋肉を鍛えることは重要です。 - 姿勢矯正と安静時の工夫
普段から肩が落ちた状態を回避するよう心がけ、必要であれば肩甲帯を少し上に引き上げる装具を使用する方法もあります。さらに、休息時や就寝時に腕の位置を工夫し、過度な圧迫を避けることで症状の緩和を図ります。 - 薬物療法
消炎鎮痛剤、血流改善剤、ビタミンB1などを服用して痛みを抑えつつ、筋肉や神経の回復を促す場合もあります。
胸郭出口症候群の手術治療
保存療法によっても改善が見られず、日常生活に大きな支障をきたす場合や、頚肋による強い圧迫が認められる場合には手術が選択肢になります。手術の内容は圧迫されている部位によって異なります。
- 頚肋(けいろく)の切除
頚肋がある場合には、鎖骨上からアプローチして頚肋を切除する手術が行われます。頚肋が大きいと神経や血管を圧迫しやすいため、症状改善に有効な場合があります。 - 前斜角筋腱の切離
前斜角筋と中斜角筋の間で神経・血管が圧迫されているときには、鎖骨上から前斜角筋腱を切離する手術が単独で行われることもあります。ただし、肋鎖間隙との区別が難しいケースでは、第1肋骨切除を同時に行うこともあります。 - 第1肋骨切除術(肋鎖間隙の拡大)
肋鎖間隙での圧迫が主な原因の場合、第1肋骨を取り除くことで神経・血管の通り道を広げます。切開のアプローチは腋の下から行う方法と、鎖骨の上から行う方法があります。 - 小胸筋腱の切離
小胸筋付着部(肩甲骨烏口突起周辺)での圧迫が疑われるときは、鎖骨下からアプローチして小胸筋腱を切離します。
手術を検討する場合、術後のリハビリも非常に大切です。手術で物理的な圧迫を取り除いた後は、正しい姿勢を保つ筋力や柔軟性を取り戻さないと、別の部位で負担が生じる可能性もあります。医師や理学療法士の指導のもと、段階的なリハビリに取り組むことが大切です。
日常生活における胸郭出口症候群との向き合い方
胸郭出口症候群の症状は、姿勢や日々の習慣と深く関係しています。とくに肩をすくめるような作業姿勢や猫背のままのデスクワーク、重い荷物を長時間持ち歩くことは悪化要因になりやすいため、適宜ストレッチや休憩を取り入れる工夫が欠かせません。さらに、リュックサックを背負う際は肩ベルトを調整して重量を分散させる、ショルダーバッグを交互の肩にかけるなど、偏った負担を減らす努力が必要です。
また、パソコン作業時にモニターの高さが合っていなかったり、キーボードを叩く腕の位置が不自然な状態が続くと、肩や首に余計な緊張を生じさせます。自分の作業空間を見直して、机と椅子の高さやモニターの角度を調整し、できるだけ肩や首がリラックスできる姿勢を確保しましょう。こうした小さな取り組みの積み重ねが、胸郭出口症候群の予防と症状緩和につながります。
まとめ
胸郭出口症候群は、首から肩、腕にかけての神経や血管が圧迫されることで起こる上肢のしびれや痛みが特徴の疾患です。姿勢のくずれやなで肩、重量物の取り扱いなどが悪化要因となり、多彩な症状を引き起こします。早期の段階で生活習慣の見直しや筋力トレーニングなどの保存療法を実践することで、症状の改善や再発予防が期待できます。それでも改善が乏しい場合には、原因となる骨や筋肉を除去・切離する手術が検討されます。正確な診断と適切な治療を受け、日常生活の中で無理のない姿勢と運動を心がけることが、胸郭出口症候群と上手に向き合う鍵になります。