片麻痺とは、身体の左右どちらか片側に麻痺やしびれが生じ、思うように動かせなくなる状態を指します。多くは脳の損傷によって脳から末梢神経への指令が正常に伝わらなくなることで起こります。一般的には右脳が損傷すると左側に麻痺が生じ、左脳が損傷すると右側に麻痺が生じることが多いです。これは脳が左右それぞれ反対側の身体機能をコントロールしているためです。
麻痺の程度は人によって差が大きく、軽度であれば手や足のしびれ程度にとどまる場合もあれば、重度になると車椅子やベッド上での生活を余儀なくされることもあります。原因や損傷部位、リハビリの進み具合などによって回復の度合いもさまざまです。
麻痺が生じると、見た目には「手足が動かない」ということだけに注目しがちですが、コミュニケーション能力や性格面、認知機能などにも影響が及ぶ場合があります。そのため片麻痺は、患者本人だけでなく周囲のサポートや社会的な支援が欠かせない状態といえます。本記事では、片麻痺の具体的な原因や症状、さらに左右どちらの麻痺があるかによって現れやすい特徴、日常生活での注意点などを詳しく解説していきます。
片麻痺の主な原因
片麻痺の多くは脳卒中によって引き起こされます。脳卒中は大きく分けて、脳の血管が詰まって血液が十分に行き渡らなくなる「脳梗塞」と、血管が破れて出血する「脳出血」や「くも膜下出血」の3つに分類されます。いずれの場合も、脳の神経細胞が損傷を受けると指令が正常に伝わらなくなるため、体の片側に麻痺が起きやすいのです。
また、外傷性のものとして「慢性硬膜下血腫」も片麻痺の原因のひとつとして知られています。これは頭をぶつけたり転倒したりした際の衝撃が原因で、脳を包む膜と脳との隙間に少しずつ血液が溜まり、数週間から数か月後に麻痺などの症状を引き起こす病態です。高齢者などでは軽い打撲でも慢性的な出血を起こすことがあるため注意が必要です。
脳以外に原因を求める場合には、末梢神経や脊髄の損傷を考慮します。しかし、一般的に「片麻痺」と呼ばれる症状の大多数は脳の損傷が主たる要因です。そのため、早期の受診と適切な治療・リハビリが回復や進行の防止に大きく影響します。
左右共通して見られる代表的な症状
片麻痺は「左麻痺」「右麻痺」に分けられますが、左右どちらに生じても共通して現れる代表的な症状があります。ここでは、片麻痺特有の共通症状を確認してみましょう。
1.手足・顔の片側麻痺やしびれ
麻痺がある側の手足が思うように動かせなくなり、何かをつかんだり歩いたりする動作が困難になります。程度によっては、指先だけわずかに動かせる軽い麻痺もあれば、ほとんど動かせない場合もあります。さらに顔半分の麻痺があると、よだれが垂れやすくなったり、食べ物をこぼしやすくなったりするなど、日常動作に細かな支障が出やすくなります。
2.視野の欠損
麻痺が起きている側と同じ側の視野が欠ける場合があります。たとえば、右脳を損傷して左側の体に麻痺があるときは、左側の視野が見えにくくなることがあります。周囲にあるものに気づきにくい、壁や障害物にぶつかりやすいなどのリスクに注意が必要です。
3.構音障害
発声や発音に支障が出て、言葉がはっきりしない、呂律(ろれつ)が回らないといった問題が生じることがあります。これは口や舌などを動かす筋肉の麻痺あるいは脳機能の障害によるもので、人との会話で誤解を招きやすくなるなどの影響が出る場合があります。
左麻痺で特徴的に現れやすい症状
左麻痺は右脳に損傷がある場合に起こりやすく、右脳は空間認識や感情のコントロールなどを司っているため、これらの機能低下が顕著になります。代表的な症状は以下のとおりです。
● 失認(しつにん)
「失認」とは、視覚や聴覚、触覚など特定の感覚を通じて物事を正しく認知できなくなる状態です。右脳の損傷に特に多いのが「半側空間無視」で、左側にある物や環境を無意識に見落としてしまったり、左側からの呼びかけに気づきにくくなったりします。また、「病態失認」と呼ばれる、自分自身の麻痺や障害を認めない・理解できない症状も現れやすいです。例えば、手や足を動かせないのに「動かしたくないだけで、本当は動かせる」と思い込むようなケースが代表的です。
● 性格変容
右脳が損傷することで、感情のコントロールが難しくなる場合があります。温厚だった人が突然怒りっぽくなる、あるいは悲観的になりやすいなど、大きな性格変化を示す例があります。本人が「以前と違う自分」に戸惑いを感じやすく、家族など周囲も変化への理解が追いつかないことから、心理的・社会的な負担が増すことが考えられます。
右麻痺で特徴的に現れやすい症状
右麻痺は左脳に損傷がある場合に多く見られます。左脳は言語や論理的思考を司ることが多いとされ、コミュニケーション面での問題や計画的な行動に支障が出る場合があります。ここでは代表的な症状を挙げます。
● 失行(しっこう)
「失行」とは、物理的に動かせる機能は残っていても、目的をもった動きをしようとすると体がうまく動かせなくなる状態です。例えば、歩く意識を強くして「さあ歩こう」と思うと、足がすくんだり一歩目が出なかったりします。何気なく行う動作ならできるのに、指示された通りの動作をしようとすると混乱してしまうケースも失行の一例です。
● 失語症
言葉を理解したり、話したり、読んだり書いたりする能力が低下する症状です。聞き取りはある程度できても、自分の言いたいことがうまく言葉にならない「ブローカ失語」や、話すことはできても意味を取り違えたり正しく理解できない「ウェルニッケ失語」など、症状のパターンは多岐にわたります。コミュニケーション障害は日常生活や社会活動の大きな妨げになりやすいため、専門家のサポートを受けながら周囲との連携が必要です。
日常生活における注意点と工夫
片麻痺の症状があると、日常生活のあらゆる場面で不便が生じます。以下のような工夫や注意を取り入れることで、安全かつ自立した生活を維持しやすくなります。
– 家の中の段差をなくす
床にある小さな段差でも、片麻痺のある人にとっては大きな障害になります。バリアフリー化を進める、手すりを設置するなどの環境整備が望ましいです。
– 麻痺側の視野を補う工夫
半側空間無視や視野欠損がある場合、テーブルに置くものはできるだけ見える側に配置するなど、本人が意識的に麻痺側にも注意を向けられるように誘導します。
– 片手でできる食事・調理器具の導入
片麻痺のある人ができるだけ自立した食事をとれるよう、滑り止めの付いた食器、軽量のフォークやスプーンを使うなどの工夫が考えられます。調理器具も片手で固定できる道具や安全カッターなどを導入すると、本人のやる気やリハビリ効果の向上につながります。
– 転倒や転落に注意する
麻痺があるとバランス感覚が乱れやすく、視野欠損も相まって転倒や転落のリスクが高まります。日常的に歩行をサポートする器具やリハビリを組み合わせ、安全な動作を身につける工夫をしましょう。
介護保険を利用した福祉用具レンタル
片麻痺の方が自宅で過ごすにあたっては、介護ベッドや車椅子、手すりなどの福祉用具が欠かせません。日本では、要支援・要介護認定を受けることで介護保険制度を利用し、必要な福祉用具をレンタル・購入することが可能です。福祉用具の選定は、本人の身体状況や生活環境を踏まえ、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員と相談しながら進めます。
レンタルのメリットは、症状の変化に応じて適切な用具を交換・調整しやすい点にあります。特に片麻痺の場合は、麻痺の進行度合いやリハビリによる回復度合いに合わせて、車椅子の種類や歩行器、床ずれ防止マットなどを適宜見直していくことが重要です。家族の介護負担を軽減するためにも、積極的に制度を活用し、安全と快適さを確保することが求められます。
リハビリテーションの重要性
片麻痺のリハビリは、できるだけ早期に開始することが推奨されています。脳卒中直後であれば、脳の可塑性が高い時期を逃さずにリハビリをすることで、運動機能や言語機能の回復を最大限に引き出せる可能性があるためです。リハビリには、専門の理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などが関わります。
– 理学療法(PT)
歩行訓練や筋力回復のエクササイズなどを通じて、麻痺のある部分を中心に機能維持や向上を図ります。特にバランス訓練や立ち上がりの動作練習など、日常的な動きに密着したメニューが重要です。
– 作業療法(OT)
食事や着替え、入浴といった日常動作をスムーズに行えるよう、実際の生活場面を想定して訓練を行います。補助具の使い方を学んだり、麻痺のある側をうまく使うコツをつかんだりすることで、生活の質(QOL)の向上を目指します。
– 言語聴覚療法(ST)
失語症や構音障害がある場合には、発声練習やコミュニケーション訓練を実施します。家族や周囲の人との意思疎通を円滑に行うために、ジェスチャーや補助的なコミュニケーションツールの活用方法なども提案されます。
リハビリテーションは長期的に継続することが多く、本人のモチベーションや家族のサポートが大変重要です。リハビリだけでなく、日常の活動や趣味を通じて体を動かしたり頭を使ったりすることも、回復を後押しする要素になります。適切な支援と正しい知識を得ながら、焦らず長い目で取り組んでいくことが大切です。
まとめ
片麻痺は、脳卒中などの脳の損傷によって体の左右どちらかの手足や顔に麻痺やしびれが現れる症状です。右脳損傷による左麻痺の場合は空間認知や感情面の変化、左脳損傷による右麻痺の場合は失行や失語症が代表的です。いずれも視野の欠損や構音障害など共通する症状が見られる場合も多く、重度になると日常生活に大きな支障をきたします。リハビリを継続しながら、安全な住環境や福祉用具を活用することで、本人のQOLを高め、家族の負担を軽減することが重要です。