どうして腰に症状が起こるのか
腰痛という言葉は、実は病名ではなく「腰に生じる痛み」という症状を指しています。腰自体のトラブルはもちろん、日々の動作や姿勢、生活習慣、仕事の内容や精神的ストレスなど、複数の要因が複雑に絡み合って生じるため、まずは自身の環境や習慣を振り返ることが腰痛の原因を把握する第一歩となります。厚生労働省が示すデータによると、男性の自覚症状の1位、女性の2位が腰痛に該当するほど多くの人が経験する症状であり、決して他人事ではありません。
腰痛は原因のはっきり分かる「特異的腰痛」と、原因を特定しにくい「非特異的腰痛」に大きく分かれます。また、妊娠や生理、更年期といった女性特有の要因も無視できません。さらに、直立二足歩行という人間独自の姿勢が、腰への負担を大きくしているとも考えられています。以下では、原因ごとに起こりやすい症状や注意すべきポイントについて解説していきます。
特異的腰痛:神経を圧迫する疾患などが原因となる場合
腰痛は原因の特定が難しいことが多いのですが、中には「特異的腰痛」としてはっきりした疾患が関与している場合があります。およそ15%程度がこれに該当し、代表的な疾患としては椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、骨粗しょう症、筋膜性疼痛症候群(筋筋膜性腰痛)などが知られています。いずれの場合も神経が圧迫されて痛みやしびれを生じやすく、時には下肢の筋力低下が起こることもあります。
椎間板ヘルニア
背骨同士の間にはクッションの働きをする椎間板が存在し、その外側を取り囲む線維輪が加齢などで弱くなると、中身のゼリー状成分(髄核)が飛び出して神経を圧迫してしまう状態が椎間板ヘルニアです。腰やお尻から脚にかけてのしびれや鋭い痛みが特徴で、重い物を持ち上げるなどの負荷をかけた際に痛みが増大することがよくあります。また、喫煙や不良姿勢での作業を繰り返すとリスクが高くなることもわかっています。
腰部脊柱管狭窄症
脊柱管とは、背骨の中を通る神経の通り道ですが、加齢に伴う椎骨や椎間板の変性、あるいは骨棘(異常な骨の突起)が形成されることで脊柱管が狭くなり、神経が圧迫される疾患です。歩くと痛みが生じ、少し前かがみになって休むとまた歩けるようになる「間欠跛行」が特徴的です。主に高齢者で多く見られ、お尻から足先までのしびれや痛みも伴うことがあります。
骨粗しょう症
加齢などによって骨密度が減少し、骨折しやすくなるのが骨粗しょう症です。背骨を構成する椎骨は圧迫骨折が起こりやすく、神経を圧迫すると慢性的な痛みに悩まされるケースがあります。特に高齢者が腰の慢性痛を訴える場合には骨粗しょう症が原因となっている場合が少なくありません。
激しい運動後に起こる筋筋膜性腰痛
無理な姿勢での作業や急激に重い物を持ち上げたとき、あるいはスポーツなどで過度な負荷を繰り返し筋肉にかけた結果、筋膜が傷ついてしまう「筋筋膜性腰痛」という病気が起こることがあります。多くは数日で回復しますが、疲労が蓄積したり冷えによって血行不良が続いたりすると、痛みやしびれが長引く原因となります。肩や脚など他の部位にも起こる可能性があるため、痛みが強い場合には早めに対処することが大切です。
早期発見が必要な重症疾患の場合
腫瘍(脊椎や脊髄の腫瘍)、脊椎感染症(化膿性脊椎炎など)、外傷(腰椎骨折や脱臼)、尿路結石や婦人科系疾患、胆嚢や膵臓といった内臓トラブル、さらには精神的要因など、腰以外の問題が腰痛を引き起こしていることも珍しくありません。激しい痛みや発熱、下肢のしびれ、胸や他の部位にも痛みを感じるなどの症状がある場合は、早めに医療機関で精査する必要があります。
非特異的腰痛:原因を特定しづらいケースの方が多い
神経学的な異常や重大な疾病の有無を検査しても、原因を突き止めきれない腰痛は「非特異的腰痛」と呼ばれ、実に腰痛全体の約85%を占めるといわれています。長時間の中腰や猫背、運動不足による筋力低下、寒さで筋肉がこわばることなどにより、腰回りの筋肉や関節に持続的な負担がかかり、慢性的な痛みを感じるようになることが多いです。
急性のぎっくり腰も非特異的腰痛に含まれます。これは腰部のねんざや椎間板、靭帯などが損傷することで生じると考えられますが、検査によってどの組織が傷んでいるかを断定するのは難しく、結局は「腰痛症」として扱われることが少なくありません。
労働環境や生活習慣が引き金になる例
肉体労働や荷物の持ち運びを頻繁に行う仕事、または介護・看護での人の抱きかかえなどは腰に強い負荷がかかりがちです。一方、デスクワークや長距離輸送のドライバーといった長時間同じ姿勢を続ける仕事でも腰痛が多く見られます。これらの背景には、筋肉や関節の柔軟性の低下やストレス、さらに職場の人間関係などメンタル面の要因も絡んでいます。
また、日常の中での運動不足や喫煙が腰痛リスクを上げることが知られています。運動不足だと腰回りの筋力が落ちて姿勢を支えにくくなり、喫煙は血流を悪化させるため椎間板や筋肉の回復が遅れやすくなります。
女性特有の腰痛
妊娠や生理、更年期など、女性特有の生理現象が原因となる腰痛もあります。生理痛が重い人は、下腹部だけでなく腰まで痛みが広がることも多いです。妊娠期は大きくなったお腹を支えるため腰を反らせる姿勢になりがちで、骨盤周りの筋肉も引っ張られるため、痛みが出やすくなります。出産後は授乳や夜泣き対応などで休息が十分に取れないことから、慢性的な痛みに発展する場合もあるでしょう。
更年期ではホルモンバランスが大きく変化し、骨や筋肉に影響を及ぼすため腰痛が生じやすくなることがあります。こうした女性特有の要因を理解し、適切にケアしていくことが大切です。
直立二足歩行が腰に与える影響
四足歩行の動物に比べ、ヒトは直立二足歩行で背骨に垂直方向の力が強くかかっています。特に体幹を支える腰椎部分には常に大きな負荷がかかりがちです。そこで背骨はS字カーブを描いて負荷を分散し、腹圧が腰の椎骨を支える仕組みになっています。また、椎間板や背筋、腹筋なども姿勢を維持するうえで重要な役割を果たしています。これらの要素が疲労したり傷ついたりすると腰痛が発症しやすくなるのです。
腰痛になったらどうするか
腰の痛みが出たときは、まず深刻な疾患が隠れていないかをチェックしましょう。痛みが極めて強かったり、長期間続く場合、あるいはしびれや発熱などが伴う場合は、医療機関へ早めに相談してください。一方で、画像検査などでも異常が見当たらないような非特異的腰痛の場合は、市販薬やサポーターを使ったセルフケアで症状の改善を図ることが可能なケースも多くあります。
病院で診察を受けるべきケース
下肢のしびれや力の入らない症状、痛みが夜間も強いまま続く、数週間のセルフケアでも改善しない、あるいは熱を伴う、腰以外の部位にも強い痛みが広がっているなどの症状があるなら、重大な病気が原因の可能性があります。早めに整形外科や専門科で診察を受けることが大事です。
セルフケアで対処できるケース
仕事や普段の姿勢から考えて腰に負担がかかっていそう、あるいはぎっくり腰のように急性で強い痛みがあるけれど、大きな外傷や深刻な病気は疑われない場合は、市販薬や装具(サポーター)などを使って様子をみるのも方法の一つです。筋肉を温めてリラックスさせる入浴は多くの人に効果的ですが、人によっては温めると痛みが増す場合もあるため、状況を見ながら判断しましょう。
市販薬の活用方法
痛みを抑える消炎鎮痛薬は、貼り薬や塗り薬、飲み薬などさまざまな形で市販されています。ロキソプロフェンやジクロフェナク、フェルビナク、インドメタシンなどの成分が炎症を抑え、痛みをやわらげる効果を期待できます。また、ビタミンB群やビタミンEを含む内服薬は筋肉の疲労回復や末梢神経の保護、血行促進に役立ちます。
湿布の場合、急性期には冷湿布で炎症を鎮め、慢性期には温湿布で血行を良くするといった使い分けが基本です。とはいえ、皮膚の弱い方はかぶれに注意し、貼る時間や頻度も守るようにしましょう。痛みが軽くなってきたら、できるだけ普段の生活リズムを維持し、あまり安静にしすぎない方が回復は早いとされます。長期間ベッドに横になっていると筋力が低下し、かえって症状が長引いてしまう恐れがあります。
サポーターや装具を利用する
仕事や日常でどうしても腰に負担がかかる場合は、適切に腰を固定するサポーターを使うのも一つの手段です。ただし、過度に依存すると筋力が衰えるリスクもあるため、サポーターを利用しつつも適度な運動や筋力トレーニングを並行して行うとよいでしょう。
ぎっくり腰のときの対処
ぎっくり腰の激痛が走った直後は、痛みが少しでも和らぐ姿勢を探して休むことが大切です。仰向けで足を伸ばした状態だと痛む場合が多いので、横向きで膝を曲げたり、膝の下にクッションを置いたりして負担を軽減します。落ち着いてきたら消炎鎮痛成分入りの冷湿布を貼るなどの応急処置をするのもよいでしょう。そして、痛みが治まってきたらなるべく普段通りの動きを始めることで、回復を早めることが期待できます。
腰痛を予防するには
慢性化してしまうと日常生活の質が落ちてしまうため、痛みを本格化させる前に腰痛を予防する習慣を身につけることが大切です。特にデスクワークが多い人は椅子への座り方や姿勢を見直す、すきま時間にストレッチをするなど、腰回りの柔軟性を保つ対策をとるだけでも症状のリスクを減らせます。さらに適度な運動で体幹を鍛え、腹圧を高めることで腰椎をサポートする筋肉を強化すると良いでしょう。
正しい姿勢・負担を減らす動作
座っているときに猫背になったり、腰を過度に反らせたり、椅子の背もたれにだらしなく寄りかかり続ける姿勢は腰痛を招きます。深く腰かけ、あごを軽く引いた状態で背筋を伸ばし、脚の付け根や膝が直角に近い位置になるよう調整しましょう。さらに仕事や家事などで中腰や前かがみの姿勢を長時間継続しないようにし、30分に1回程度は軽いストレッチで腰をほぐすと効果的です。
毎日の腰痛体操・ストレッチ
腰を支える筋肉を強化すると同時に、柔軟性を維持するためには、こまめなストレッチが有効です。以下のような腰痛体操を1セット3~5回、痛みがない範囲で行ってみましょう。痛みが強いときは無理をせず、症状が落ち着いてから段階的に取り入れることが大事です。
・仰向けで膝を立て、ゆっくり左右へ倒す
・うつ伏せで上体を静かに反らせ、腰を伸ばす
・四つ這いの姿勢から背中を丸めたり反ったりする
これらは一般的な例ですが、実際は個人差があります。痛みがあれば中止し、症状が続くようなら専門家に相談してください。
ストレスをやわらげる入浴
ストレスは長引く腰痛の原因にもなり得ます。お風呂で40℃前後のぬるめのお湯にゆったり浸かると血行が良くなり、筋肉の緊張が和らぐだけでなく、心身のリラックスにもつながります。入浴剤を活用すれば、さらに保温や保湿効果が高まるでしょう。
痛みがないときこそ運動習慣を
腹筋や背筋など体幹を支える筋肉が弱っていると、背骨のS字カーブが保ちにくくなり、腰痛のリスクが増します。有酸素運動やウォーキング、水中ウォーキングなどで筋力をつけると同時に、腰への負担を軽減しながら筋肉を動かすことができます。とくに水中ウォーキングは浮力によって関節への衝撃が少なく、広い可動域で運動しやすいのが利点です。
妊娠中でも、主治医に相談しながら適度な運動やストレッチを取り入れることで腰への負担を軽減できる場合があります。ただし、妊娠の時期や体調によっては控えるべき運動もあるため、必ず専門家の指導を受けましょう。
まとめ
腰痛は姿勢や生活習慣、ストレスなど多種多様な要因が重なって起こります。激しい痛みやしびれがある場合は早期に受診し、重い疾患を除外した上でセルフケアを行いましょう。デスクワークや力仕事などで負担を避けにくい場合でも、正しい姿勢やストレッチ、適度な運動、サポーターの活用で痛みの軽減や再発防止が可能です。