私たちの健康や長寿に欠かせない食物繊維は、近年「第6の栄養素」として大きな注目を集めています。多くの人がイメージするように、食物繊維には便秘の解消に役立つというメリットがありますが、それだけではなく肥満や糖尿病、そして動脈硬化や大腸がんなど、さまざまな疾患リスクの低減につながる可能性も指摘されています。さらに腸内細菌との関係も重要視されており、日々の食事から食物繊維をバランスよく摂ることが、健康維持の大切なポイントになっています。この記事では、食物繊維の特徴や効率的な摂取方法、それによる腸内環境の改善効果などを解説します。
食物繊維とは
食物繊維は一般的に「人体の消化酵素では消化されない成分」と定義され、かつては栄養素として重視されていませんでした。しかし、最近では「第6の栄養素」と呼ばれるほど、多様な働きが認められています。消化・吸収されずに大腸まで到達するからこそ、腸内環境を良好に保つなどの多様な機能を発揮できるのです。なお、第1~3の栄養素は炭水化物(糖質)・たんぱく質・脂質、第4はビタミン、第5はミネラル、そして第6に食物繊維が位置づけられています。
食物繊維が多い食品の特徴
食物繊維は主に植物性食品に多く含まれます。野菜・果物・豆類・穀類(米・麦など)を中心とした食品群が代表的ですが、エビやカニなどの甲殻類の殻に含まれる動物性由来の食物繊維や、トウモロコシなどのでんぷんから作られた難消化性デキストリンなども存在します。いずれの食品由来であっても、食物繊維自体はヒトの消化管内で消化されずに大腸まで到達し、そこで様々な作用を担います。
食物繊維の主な働き
食物繊維は腸の動きをスムーズにしたり、栄養素の吸収をゆるやかにして血糖値の急上昇を防いだりと、さまざまなメリットをもたらします。ここでは、食物繊維が具体的にどのような働きをしているのかを見ていきましょう。
胃や小腸での働き
食物繊維は体内の水分を吸収して膨張するため、食事の満腹感を高める効果が期待できます。また、膨らんだ食物繊維は糖質や脂質を一時的に吸着し、体内への吸収スピードを遅らせます。これによって食後血糖値の急上昇を抑制したり、脂質異常症の予防に寄与したりします。さらに、食品添加物などの体にとって不要・有害な成分の吸収を抑える効果も指摘され、健康維持の観点で重要な役割を果たしているのです。
大腸での働き
大腸では、腸壁を直接刺激することで腸のぜん動運動(内容物を先へ送る動き)を活発にし、排便を促す機能を担います。また、食物繊維は大腸内に生息する善玉菌のエサにもなるため、腸内フローラのバランスを改善し、有害物質を発生させる悪玉菌の増殖を抑える効果が期待できます。さらに善玉菌による発酵分解の過程では短鎖脂肪酸(SCFA)などの有用な物質が生成され、腸内環境の保護や免疫機能の向上など、多方面で作用することがわかっています。
食物繊維の種類:水溶性と不溶性
食物繊維は大きく分けて「水溶性」と「不溶性」の2種類に分類されます。それぞれ性質が異なりますが、どちらも腸内環境を整える上で欠かせません。一般的に、これらを1:2(水溶性:不溶性)のバランスで摂るのが良いとされています。
水溶性食物繊維
水溶性食物繊維はその名の通り水に溶ける性質を持ち、胃や腸でゲル状に変化します。このゲル状の食物繊維が便を柔らかくしたり、善玉菌の栄養源となって便秘や下痢の予防・改善をサポートします。さらに、大腸で腸内細菌による発酵を受けるという特性もあり、短鎖脂肪酸の産生に寄与することで腸内フローラを良好に保つ効果が期待できます。
不溶性食物繊維
不溶性食物繊維は水に溶けないという特徴があり、腸内で水分を含んでかさ増し効果をもたらします。これにより、排便を促すぜん動運動を活発化させて便秘を改善します。さらに、不溶性食物繊維は有害物質を吸着して体外へ排出する働きも期待されており、腸内環境を守る上で大切な要素のひとつです。
食物繊維と腸内細菌の関係
腸内細菌とはヒトの大腸に生息する膨大な数の微生物です。その数はおよそ100兆個、重さは1~2kgにもなり、健康維持に深く関係しています。腸内細菌には善玉菌・悪玉菌・日和見菌という3つのタイプがあり、その集まりを「腸内フローラ」と呼びます。
食物繊維不足による影響
食物繊維が不足すると、便秘だけでなく肥満や糖尿病、動脈硬化、がんなど多方面の健康リスクが高まる可能性が指摘されています。食物繊維不足は腸内フローラの乱れにつながり、悪玉菌の増殖を許してしまう場合があるためです。さらに胆汁酸の体外排出がスムーズに進まなくなり、血液や代謝のバランスを崩す原因の一つにもなると考えられています。
腸内フローラのバランスを整える鍵
腸内細菌のバランスを保つうえで重要なのは、「プロバイオティクス」と呼ばれる善玉菌を含む食品(例:ヨーグルトや納豆など)と、「プレバイオティクス」と呼ばれる善玉菌のエサとなる成分をうまく取り入れることです。食物繊維はこのプレバイオティクスに該当し、特に酪酸菌やビフィズス菌などの善玉菌を増やすために欠かせない存在です。
また、京都府京丹後市のような長寿地域では、住民の多くが腸内に酪酸菌などの善玉菌を豊富に抱えていることがわかっており、これは食物繊維を多く含む食生活と深く関係していると考えられています。さらにはストレスや脳の働きにも腸内フローラは密接にかかわっているという報告もあるため、日々の食事で意識的に食物繊維を摂ることは、体と心の両面から健康を支える大切な方法といえます。
食物繊維の1日の摂取量
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では、成人男性(18~64歳)の目標量を21g/日以上、成人女性(18~64歳)の目標量を18g/日以上としています。しかし、実際の日本人の平均摂取量は男性19.4g、女性17.5g(令和元年「国民健康・栄養調査」)で、いずれも目標量を下回っています。特に20~40代の男性は16~17g、女性は14~16gほどで、不足傾向が顕著です。これは、野菜や果物、全粒穀物などの摂取量の減少が原因の一つといえます。
摂り過ぎによる悪影響はある?
WHOは2023年、脂質・炭水化物に関するガイドラインにおいて10歳以上は1日25g以上の天然由来食物繊維を摂ることを推奨しました。これは日本の食事摂取基準よりもやや高めの数値ですが、日本人の現状はそもそも目標値を満たしていない人が多いため、むしろ不足を心配すべきケースがほとんどです。ただし、極端な過剰摂取はお腹のガスが増えたり、下痢や便秘の原因になったり、ビタミンなどの吸収を阻害する恐れもあるため、サプリメントなどを活用する際は使用目安量に注意しましょう。
食物繊維を効率よく摂取する方法
食物繊維の摂取を増やすには、まずは身近な食材選びから工夫していくことが大切です。ここでは、食物繊維を多く含む食品と、手軽に取り入れるための調理法・食べ方についてご紹介します。
食物繊維が豊富な食品群
穀物や野菜(特に根菜類)、果物、豆類などには多くの食物繊維が含まれています。例えば、ライ麦パンや発芽玄米、押し麦入りご飯などを主食に取り入れると、白米だけを食べるより食物繊維を多く摂取できます。また、根菜類の代表であるさつまいもやかぼちゃ、乾物では切干だいこんや干しがきなども効率よく食物繊維を補う優秀な食材です。
調理や食べ方の工夫
食物繊維を多く含む食材を選んでも、一度に大量の野菜を食べるのはなかなか難しいという方も多いかもしれません。その場合は、ゆでたり蒸したりしてカサを減らすのがおすすめです。生のサラダよりも摂取量を増やしやすく、さらに味付けのバリエーションを広げることもできます。また、水溶性食物繊維は水に溶ける性質があるので、スープにすることで煮汁ごとまるごと摂取でき、水溶性ビタミンなども逃さず取り込めるという利点があります。
いも類(特にさつまいもなど)は皮に食物繊維が多く含まれるため、皮ごと加熱調理して食べるとより効率的です。
ベジファーストと「よく噛む」意識
食事の際は、野菜を先に食べる「ベジファースト」という方法が血糖値の急上昇を抑えるために推奨されています。野菜に含まれる食物繊維が食後血糖値の上昇スピードを遅くし、また先に野菜を摂ることで空腹感が和らぎ、食べ過ぎの防止にもつながります。さらによく噛むことで満腹中枢が刺激され、食欲抑制効果が高まることも知られています。
発酵食品やサプリとの組み合わせ
腸内フローラを整える観点では、発酵食品(ヨーグルトや味噌、納豆など)も欠かせません。これらには善玉菌そのものが含まれており、食物繊維と同時に摂ることで相乗効果を得やすくなります。一方、忙しくて食生活のバランスを取るのが難しい方は、サプリメントや市販の整腸剤などを活用するのも一つの手です。ただし、使用時は定められた用量を守りましょう。
作り置きや冷凍保存で時短に
「平日は時間がなくて、バランスの良い食事が作れない」という方は、週末などに作り置きをしておくと便利です。例えば、おからと鶏むね肉やツナを混ぜて団子状にし、一度ゆでてから冷凍しておけば、忙しい日の主菜や副菜としてすぐに使えて高タンパク・高食物繊維を手軽に補えます。ほかにも根菜を多めに入れたスープや煮物を作り置きしておくなど、ストックを活用して食物繊維を無理なく摂る工夫をすると良いでしょう。
まとめ
食物繊維は便秘解消のサポートだけでなく、肥満や糖尿病、動脈硬化などさまざまな生活習慣病のリスクを下げる可能性が示唆されています。その多くは腸内フローラのバランスを改善し、善玉菌を増やす働きに起因しています。しかしながら、多くの日本人は食物繊維の摂取量が目標値を下回っているのが現状です。野菜や果物、穀物、豆類を意識して取り入れることや、調理方法や食べ方を工夫することで、必要量を上手に補うことができます。さらに、ヨーグルトなどの発酵食品やサプリメントを活用すれば、日々の忙しさの中でも腸内環境の改善を目指しやすくなるでしょう。
腸内フローラが整っていると、免疫力が高まり、さまざまな疾患リスクが低減するだけでなく、ストレス耐性の向上やメンタルヘルスの安定など、心身両面の健康に良い影響をもたらすと考えられています。食物繊維はまさに“腸を整える要”ともいえる存在です。健康と長寿を目指すためにも、日々の食生活をもう一度見直し、上手に食物繊維を取り入れてみてください。