日常生活のちょっとした動作をきっかけに、突然激痛が走って動けなくなる「ぎっくり腰」。よく「重い物を持ち上げた瞬間に発症する」といわれますが、実はくしゃみや軽い前屈など些細な動作でも起こり得ることが知られています。実際のところ、ぎっくり腰は急性腰痛症と呼ばれ、骨に明確な異常があるわけではない場合でも、何らかの要因がきっかけで急激に痛みを引き起こす総称的な症状です。では、なぜこれほど激しい痛みが起こるのか、その原因から対処法、そして予防策までを詳しく解説していきます。ぎっくり腰を繰り返さないためにも、正しい知識を身につけて日頃から腰を大切に扱いましょう。
ぎっくり腰とは?
ぎっくり腰は医学的には「急性腰痛症」と呼ばれ、はっきりとした病名がつかないすべての急性腰痛を総称したものです。腰椎椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、腰椎の圧迫骨折といった診断がつかないにもかかわらず、突然激痛が走り、動けなくなる状態全般を「ぎっくり腰」と呼んでいるのです。
よく「重い物を持ち上げて腰を痛めた」とイメージされますが、実は中腰の体勢をとったり、くしゃみやせき、ちょっと身を屈めたといった軽微な動きでも起こることがあります。共通点としては、背骨(腰椎)や椎間板に強い圧力が急激に加わることがあげられます。なかでも、中腰の姿勢は腰椎に負担がかかりやすく、骨や椎間板にすでに何らかの問題を抱えている人は、些細な動作が引き金となって発症することも珍しくありません。
ただし、ぎっくり腰のメカニズムは完全には解明されていません。椎間板や筋肉、じん帯など複数の組織が複合的なダメージを受けて炎症が起こり、痛みを引き起こすのではないかと推測されていますが、いまだ確立した説はないのが実情です。
ぎっくり腰と間違えやすい病気に注意
腰の激痛といえば、何でもかんでも「ぎっくり腰」と思いがちですが、実際にはほかの病気が潜んでいることもあります。初期の段階で「ただのぎっくり腰だろう」と自己判断し、マッサージなどを受けてかえって症状を悪化させるケースも少なくありません。もし腰痛が2週間以上続いたり、痛みを繰り返したりする場合は、整形外科を受診して他の疾患の可能性を確認することが大切です。
特に注意したいのは、次のような病気やけがです。
- 骨粗しょう症による脊椎の圧迫骨折(高齢者に多い)
- 椎間板ヘルニア(下肢の痛みやしびれを伴う場合に疑われやすい)
- 脊柱管狭窄症(腰や下肢にしびれがあり、歩くときに痛みを感じやすい)
- 腰椎すべり症、腰椎分離症(腰椎周辺の構造的問題からくる痛み)
これらの病気が背景にあると、痛みが長引くばかりか適切な治療を受けないと悪化してしまうこともあります。2週間経っても痛みが軽減しない、何度もぎっくり腰を繰り返すといった場合は、自己判断せずに早めに整形外科を受診しましょう。
急性腰痛としての特徴
ぎっくり腰の最大の特徴は「急性で強い痛みが瞬間的に起こる」ことです。ときには脂汗をかくほどの激痛で、立ち上がったり歩いたりするのが困難になることもあります。多くの場合、痛み自体は数日から10日ほどで和らぎ、2週間ほどで軽快しますが、もしこの期間を過ぎても痛みが続くときは、前述のように他の疾患の可能性を否定できません。繰り返しますが、症状が治まらず2週間以上続く場合は、なるべく早めに病院へ行き、画像検査なども含めて原因をはっきりさせることが重要です。
受診が必要な症状の目安
ぎっくり腰かもしれないと思ったときに、どんな状態なら病院を受診すべきか悩む人は多いでしょう。以下のような症状がみられる場合は、放置せずに整形外科を受診してください。
- 何度もぎっくり腰を繰り返す、または2週間以上痛みが続く
椎間板ヘルニアなど他の腰椎疾患の可能性があります。原因を特定するためにも医師の診断を受けましょう。 - 下肢の痛みやしびれを伴う
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアが疑われます。放置すると神経障害が進むこともあるため、注意が必要です。 - 下肢の麻痺、排尿・排便障害がある
強い神経圧迫が考えられるため、手術を含む緊急の対応が必要な可能性があります。 - 安静にしていても痛みが治まらず、むしろ悪化する
骨粗しょう症による圧迫骨折や内臓疾患、あるいはがんの脊椎転移などの重篤な原因もあり得ます。 - 発熱や嘔吐、血尿といった症状を伴う
脊椎炎などの感染症や尿路結石など、腰痛以外の病気が潜んでいる可能性があります。
下肢の麻痺や激しい痛み、発熱など重症のサインがあるときは2週間を待たず、できる限り早めに医療機関を受診しましょう。逆に、激痛がおさまって1週間〜10日程度で改善する場合は、必ずしも病院へ行かなくても良いことが多いですが、一度症状が治まっても何度も繰り返す場合は原因を明確にするために診察を受けることをおすすめします。
ぎっくり腰になったときの対処法
ぎっくり腰の痛みが強い急性期は、焦って無理に動かすと症状がひどくなる場合もあるので、まずは痛みを最小限に抑える姿勢を探りながらゆっくり休みましょう。以下、急性期にできるセルフケアの代表的な方法を紹介します。
痛みの強いときのセルフケア
激痛がある間は、腰を無理に曲げたり伸ばしたりせず、自分が楽だと感じる姿勢をとりながら呼吸を整えることが基本です。温める・冷やすは個人差がありますが、多くの人は温めたほうが痛みが和らぐようです。入浴や温湿布を使うと少し動きやすくなることもあるので、痛みがやわらぐと感じたら試してみましょう。逆に、腫れや熱感がある場合は温めると悪化する可能性もあるため要注意です。
市販の湿布薬や鎮痛剤を上手に活用するのも手です。ロキソプロフェンナトリウムなどを含む冷感タイプではない外用剤は、炎症を抑える効果が期待できます。飲み薬の鎮痛剤(NSAIDsなど)も有効ですが、胃腸障害が起きやすい人は服用のタイミングや種類に気をつけましょう。
楽な寝方のポイント
仰向けで脚を伸ばす姿勢は腰に力が集中しやすく、痛みが強いときには負担が大きくなります。膝の下にクッションや丸めたバスタオルなどを挟み、膝を軽く曲げた状態にすると腰椎の圧が緩和されるため、ある程度痛みを軽減できるでしょう。横向きに寝る場合は、痛い側を上にして背中を丸めるようにし、膝の間にもクッションをはさむと体全体を安定させやすくなります。
無理のない範囲で日常生活を続ける
痛みが少し落ち着いてきたら、なるべく普段通りの生活を心がけることが早期回復につながります。研究でも、ベッドで安静にするよりも、痛みの様子を見ながら日常生活を続けたほうが、回復が早かったという結果が報告されています。安静にしすぎるとかえって筋力が落ち、回復が遅れるケースもあるため、「痛みが我慢できる程度」までおさまったら、デスクワークや散歩など、少しずつ身体を動かしていくことを意識しましょう。
コルセットの使い方
コルセットを着用すると腰が固定されるため、一時的には痛みが和らぎ動きやすくなる場合があります。ただし、ずっと着けっぱなしにしていると体幹や腰回りの筋肉が弱くなり、「コルセットなしでは動けない」という悪循環に陥りがちです。痛みが落ち着いてきたら、装着時間を少しずつ減らし、筋力で腰を支えられるようにトレーニングを行うことが大切です。
ぎっくり腰の検査・治療
長引く腰痛や何度もぎっくり腰を起こす場合は、整形外科で画像検査(レントゲンやMRI、CTなど)を受け、ヘルニアや骨折の有無、神経への圧迫がないかといった点を確認します。もし他の病気が隠れていなければ「急性腰痛(ぎっくり腰)」と診断され、湿布薬や飲み薬、痛み止めの注射などが処方されるのが一般的です。
とくに、ロキソプロフェンナトリウムやジクロフェナクナトリウムなどの非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)が用いられることが多いですが、胃腸に負担がかかることもあるため、医師や薬剤師の指示に従って適切に使用することが大切です。痛みが強い場合は、筋肉の緊張をやわらげる薬や神経ブロック注射などを組み合わせるケースもあります。
ぎっくり腰を予防するには
ぎっくり腰が起きてしまうきっかけは、日常に潜む何気ない姿勢や動作の中にあることが多いです。次のような点を意識して生活することで、ぎっくり腰の発症リスクを下げることが期待できます。
中腰を避け、正しい姿勢で荷物を持つ
床に置いた重い荷物を持ち上げるとき、腰だけを曲げたり腕力だけで持ち上げるのは腰への負担が大きく、ぎっくり腰の誘因となりやすい動作です。荷物を持つときは、まず膝を曲げて腰を落とし、荷物を体に近づけ、腕ではなく脚の力を使ってゆっくりと持ち上げましょう。さらに、急激に持ち上げるのではなく、荷物の重さを感じ取りながら静かに動かすことがポイントです。
くしゃみやせきをするときの姿勢を工夫する
くしゃみやせきの衝撃でぎっくり腰になるケースもあります。勢いよく前屈してしまうと、腰椎や椎間板に瞬間的に大きな圧がかかりやすいため注意が必要です。防ぎ方としては、くしゃみやせきが出そうになったら、少し腰を反らすように姿勢を起こし、胸を張ってS字カーブを保つよう意識してみてください。また、テーブルや壁に手をついて上体の前傾を抑えるのも一つの方法です。
起床時や洗顔時の動作
朝は体が硬くなりやすく、急に起き上がると腰に強い負荷がかかります。目が覚めたら布団の中で軽く身体を動かし、ゆっくりと横向きの姿勢から起き上がると安全です。また洗顔時には、膝を少し曲げて腰だけを深く前屈させないようにすると腰への圧力を減らせます。
運動不足を解消し、筋肉と柔軟性をキープ
ぎっくり腰は、はっきりした原因が不明とはいえ、日々の生活で蓄積した負担が発症の一因になることが多いです。長時間座りっぱなし、運動不足で筋肉が衰えている、筋肉や関節が硬くなっていると、腰椎まわりの柔軟性が損なわれ、ちょっとした動きで大きな負荷がかかってしまいます。ウォーキングやストレッチなど適度な運動で体幹と下半身の筋力を養い、柔軟性を保つことが大切です。
おすすめのストレッチ
体が硬い人ほど、ぎっくり腰になりやすい傾向があります。特に太ももの裏側(ハムストリングス)が硬いと、腰に負担がかかりやすくなるため、次のようなストレッチを日常的に取り入れるとよいでしょう。
キャットキャメル(背骨の柔軟性向上)
1. 四つんばいになり、ひじを伸ばして顔を前に向ける。息を吸いながら背中をそらし、肩甲骨を軽く寄せる(猫のポーズ)。
2. ひじを軽く曲げ、息を吐きながら背中を丸めてお腹を見るようにする(ラクダのポーズ)。首にはあまり力を入れずに、背中をしっかり丸める。
3. 猫とラクダのポーズを交互に5回ずつ、痛みがない範囲でゆっくりと行う。
膝抱え体操(背中・腰のストレッチ)
1. 仰向けに寝て両膝を抱え、胸に引き寄せる。
2. 首に痛みがなければ少し頭を持ち上げ、より背中を丸めるようにして20秒ほどキープ。
3. ゆっくり戻し、2セット程度繰り返す。
太もも伸ばし体操(ハムストリングスのストレッチ)
1. いすに浅めに座って片脚を前に伸ばし、足首を反らせる。
2. 腰を丸めず、軽く前傾して太ももの裏側を伸ばす。
3. 20秒ほどキープし、反対側の脚も同様に行う。2セット程度繰り返す。
まとめ
ぎっくり腰は急性腰痛の総称で、原因がはっきりしないまま強い痛みを引き起こします。椎間板ヘルニアなど特定の病気がないにもかかわらず、些細な動作をきっかけに激痛が走るのが特徴です。強い痛みが続く場合は他の疾患の可能性もあるため、整形外科での精密検査が重要です。急性期は無理に動かさず、痛みが落ち着いたら日常生活に早めに復帰したほうが回復が早まるという研究結果もあります。正しい姿勢や運動で腰を支える筋肉や柔軟性を保つことが、ぎっくり腰を繰り返さない最善の予防策といえるでしょう。