肩の腱板は、腕を挙げたり回したりする際に必要不可欠な部位です。肩甲骨から上腕骨をつなぎ、スムーズな動きを支える4つの筋肉の腱で構成されており、日常生活やスポーツ活動で大きな役割を果たしています。しかし、加齢や外傷、使いすぎなどが重なってこの腱板が切れてしまうと、「肩腱板断裂」と呼ばれる状態を引き起こします。肩腱板断裂は、肩関節の痛みや夜間痛、運動障害をもたらし、日々の生活の質を大きく損なうため、早期発見と適切な治療が重要です。ここでは、肩腱板断裂の症状や五十肩との違い、原因と病態、診断方法、具体的な治療法などを詳しく解説していきます。
肩腱板断裂が比較的多くみられる年齢層は40歳以上で、60代を中心に発症が増える傾向があります。男女比では男性が多く、特に利き手である右肩に症状が出ることが多いのも特徴です。一方で、五十肩との違いとして、肩の関節そのものが固まる「拘縮」があまり起こらない点が挙げられます。五十肩は拘縮が顕著で、可動域が著しく制限されることが多いのに対し、肩腱板断裂では可動域そのものよりも、腱板の損傷による運動時の痛みや力の入りにくさが際立ちます。
- 拘縮の有無
五十肩では肩関節の可動域が大幅に低下し、腕を思うように上げられない「凍結肩」とも呼ばれる状態が生じやすいのに対し、肩腱板断裂では完全に肩が挙げられないほど固まるケースは少なく、むしろ動かすときの痛みが強いという特徴があります。 - 年齢的背景と性差
五十肩は40〜60代で多く発症しますが、男女比には大きな差がないことが多いです。一方で、肩腱板断裂は男性、特に右利きの男性に発症する割合がやや高い傾向があります。肩の使い方やスポーツ・労働環境などが関係していると考えられています。 - 夜間痛の強さ
五十肩でも夜間痛は見られますが、肩腱板断裂の夜間痛は激しく、睡眠に大きな支障を来たすほどの痛みがしばしば報告されます。
こうした違いを知っておくことで、適切な対処や受診の目安をつかみやすくなります。
大きな外傷が原因で腱板が断裂するケースは全体の約半数ほどで、残り半数は日常生活やスポーツなどの反復動作によって知らないうちに進行し、気づいたときには断裂していたというケースが多いです。特に右肩に多い点からも、利き手側の肩を酷使することで腱板に負担がかかり、損傷につながることが推測されています。
また、完全断裂と不全断裂という2つの型があり、完全断裂では腱板が完全に切れてしまうため、肩を上げる力が極端に弱くなる場合があります。一方で不全断裂は腱板の一部が切れている状態で、痛みは強いものの肩がある程度動くことも少なくありません。若年層では投球動作を繰り返すことで不全断裂が生じることがあります。
- 肩が挙上できるか
- 関節の可動域に拘縮があるか
- 肩を挙げるときの軋轢音(ジョリジョリ音)の有無
- 棘下筋(肩甲骨裏側にある筋肉)の萎縮
特に軋轢音がある場合や、棘下筋が明らかにやせている場合には、腱板断裂が強く疑われます。X線(レントゲン)検査では骨そのものの異常の有無を確認し、肩峰と上腕骨頭の間が狭くなっていれば腱板の変性や断裂を想定できます。さらにMRI検査では軟部組織の状態を詳しく調べることができ、骨頭の上方部分にある腱板が切れているかどうかが映像で確認しやすくなります。
場合によっては超音波検査が行われることもあり、医師がプローブ(超音波を送受信する機器)を肩にあてながら、リアルタイムで腱板の状態を観察します。患者さんと一緒に画像を見ながら説明が聞けるため、断裂の有無や大きさを理解しやすいのも利点です。
- 安静と固定
急性の外傷が発端となって断裂した場合や痛みが強いときには、三角巾などで肩を固定し、1〜2週間程度の安静を保ちます。腱板が自然に「完全回復」するわけではありませんが、痛みを和らげることで日常生活動作を楽にしていくことが狙いです。 - 注射療法
肩関節周囲炎を併発して夜間痛が強い場合、まずは局所麻酔剤と水溶性副腎皮質ホルモンを肩峰下滑液包内に注射し、炎症を抑えます。激しい痛みが落ち着いたあとは、関節内の潤滑や疼痛緩和のためにヒアルロン酸注射を行うこともあります。 - 運動療法(リハビリテーション)
完全に腱板が切れているわけではない場合、残存する腱板の機能を最大限に生かし、肩の周囲の筋肉を効率よく鍛えることが重要です。理学療法士の指導のもと、可動域訓練や筋力強化訓練を段階的に実施し、肩の安定性や筋力の向上を図ります。
- 関節鏡視下手術
内視鏡を関節内に挿入し、断裂部分をモニターで確認しながら縫合や修復を行う方法です。低侵襲で術後の痛みが軽減されやすく、回復が比較的スムーズという利点があります。しかし、断裂が大きかったり複雑な損傷がある場合は、視野が限られるため縫合が困難になることもあり、医師の熟練度に左右されます。 - 直視下手術(オープン手術)
皮膚を大きく切開し、術野を直接確認しながら縫合を行う方法です。侵襲が大きくなる反面、大規模な断裂や複雑な損傷でもしっかりと処置できる安心感があります。どちらの手術を選択するかは、患者さんの断裂の状態や日常生活への影響度、医療機関の設備や医師の技量などを考慮しながら決定されます。
手術後はいずれの方法でも、約4週間程度の固定期間を経て、2〜3か月間は運動療法を中心としたリハビリテーションを続ける必要があります。患部を無理に動かすと再断裂につながる恐れがあるため、医師や理学療法士の指導に従い、慎重に肩の機能を回復させていくことが大切です。
- 適切なストレッチ
肩や肩甲骨周辺、胸や背中の筋肉を柔軟に保つことで、肩関節にかかる負担を分散できます。ただし、痛みがあるときに無理にストレッチを行うのは逆効果なので、専門家の指導の下で行うと安心です。 - 筋力強化
肩甲骨周りの筋肉を中心に強化することで、肩関節が安定しやすくなります。特に棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋といった腱板を構成する筋肉、そして肩甲骨を動かす僧帽筋・菱形筋などをバランスよく鍛えると効果的です。 - 正しい姿勢の維持
猫背や肩が前方に巻き込んだ状態が続くと、肩関節にストレスがかかりやすくなります。日常動作で肩や首が前に突き出ないよう意識し、作業時の椅子や机の高さ、パソコンのモニター位置などを適切に調整することが大切です。 - 過度な負荷の回避
重い物を持ち上げる動作や、長時間にわたる頭上作業などは、肩腱板に強い負担をかけます。仕事やスポーツでどうしても肩を酷使せざるを得ない場合は、こまめな休憩や負荷の調整を行い、無理をしないよう心がけましょう。
肩腱板断裂からの回復には時間がかかり、また痛みのために思うようにリハビリを進められないこともあります。しかし、地道な取り組みが最終的には再発予防や日常生活の質向上につながるため、適切な指導のもと諦めずにケアを続けることが大切です。
まとめ
肩腱板断裂は肩をスムーズに動かすために欠かせない腱板が部分的または完全に切れてしまう状態で、中年以降の男性を中心に多く発症します。夜間痛や運動時の痛みが強く、五十肩との違いは肩関節の拘縮が少ない点が特徴です。診断にはX線やMRIが用いられ、保存療法と手術療法のどちらもリハビリが重要な役割を果たします。再発予防には、肩周囲の筋力強化と使い方の見直しが不可欠で、早期発見と的確な治療によって日常生活の質を維持しやすくなります。