口を大きく開けようとすると顎(あご)に痛みを感じたり、耳の前あたりでゴリゴリといった音が鳴ったりする場合、顎関節症の可能性があります。具体的には、以下のような症状が代表的です。
- 口を大きく開け閉めする際に痛みが出る
- 口を開けたときに「ゴリッ」「カクッ」などの音がする
- 縦に指3本を入れようとすると十分に口が開かない
- 顎関節部位を押すと痛みがある
- バゲットなどの硬い食べ物を噛むと音とともに痛む
このような症状は、顎関節とそこに連動する筋肉に負担がかかりすぎたときに生じる障害とされています。原因は1つではなく、複数の要因が絡み合って起こることが多い点が特徴です。たとえば、歯ぎしりや頬杖(ほおづえ)など無意識のうちにあごに負荷をかける習慣、ストレスや不良姿勢、特定のスポーツや楽器演奏などが関係するといわれます。顎関節症は特に20〜50代の女性に多いと報告されており、人によっては改善まで時間がかかることもあります。
顎関節はどこにあるのか
顎関節はあごの骨(下顎骨)と頭蓋骨(側頭骨)の間にあり、左右に一つずつ存在します。耳の穴の少し前方に位置していて、下顎骨の「下顎頭」と側頭骨の「側頭窩(そくとうか)」の間にはクッションの役割をする「ディスク」という軟骨が挟まっています。咀嚼(そしゃく)や会話、飲み込みなど、毎日繰り返し行う動作をサポートするために重要な関節です。
顎関節症のよくある症状
顎関節症にみられる症状はいくつかあり、それぞれ単独で起こる場合もあれば同時に複数の症状が現れることもあります。
- 口を大きく開いたときに「ゴリッ」「カクッ」という音がする
- 片方または両方の顎関節に痛みが生じ、とくに開口時や食事の際に痛む
- 口を十分に開けられない(指3本以上が縦に入らない)
- 顎関節がロックする(開閉が困難になる)
- 顎関節を押すと痛みを感じる(圧痛)
これらの症状があると、食事や会話など日常生活に支障が出ることもあるため、なるべく早めに対処したいものです。
顎関節症の主な原因
顎関節症は、一つの原因ではなく、いくつかの要因が複雑に絡み合って生じることが多いです。代表的な要因としては以下が挙げられます。
- TCH(Tooth Contacting Habit)
日中無意識に上下の歯を接触させ続けるクセのこと。通常、安静時は上下の歯が離れているものですが、このTCHがあると顎関節に常に負担がかかってしまいます。 - 日中の習慣
頬杖をつく、爪を噛む、ガムを長時間噛む、片側だけで噛む、猫背などの姿勢不良。 - 夜間の習慣
歯ぎしり、うつ伏せ寝など。 - ストレス・心理的要因
ストレスが強い環境にいると、知らず知らずのうちに歯を食いしばったりTCHを助長しやすいと考えられています。 - 外傷
転倒などで顎を打ち付けたなど、一度の大きな外力が関与する場合。 - 特定のスポーツや楽器演奏、職業
強い噛みしめが必要となるスポーツや、サックス・フルートなど口や顎関節に負担をかける楽器を演奏する場合も要注意です。
一度傷ついた顎関節は構造的なダメージを抱え、元には戻りませんが、痛みや開口障害の症状はセルフケアや治療で十分に改善が期待できます。
どの診療科に行けばよいか
顎関節症が疑われる場合、歯科医院や大学病院の口腔外科で診てもらうことが多いです。なかには顎関節症専門の外来を設置している医療機関もあります。また、整形外科で診察可能な医院も一部存在します。ただし専門的な検査や治療は口腔外科や顎関節症専門外来のほうが充実していることが多いでしょう。
診断方法
診察では、まず医師や歯科医師が口を開閉させるときの音や痛み、開口の大きさを確認します。顎関節を触診(指で押すなど)して痛みがあるかどうかをチェックすることもあります。さらに、必要に応じて画像検査が行われることがあります。
- レントゲン・CT
顎関節周囲の骨に変形や変化がないかを調べる。 - MRI
関節ディスクや周辺の軟部組織の状態を詳しく評価できる。
自然治癒するのか
顎関節症は、セルフケアを適切に行えば、痛みや開口障害といった症状が軽減され、日常生活に支障がないレベルまで改善する例が多く報告されています。すなわち「症状をコントロールできる」という意味では、“治癒”といえる状態を十分に期待できます。
しかし、顎関節に起きた構造的なダメージ(軟骨や骨の変形)が完全に元に戻るわけではありません。そのため、セルフケアを怠ったり、噛み合わせや習慣によって再び大きな負担がかかり続けると、痛みや開口障害がぶり返すこともあり得ます。
主な治療方法
顎関節症の治療は、かつては手術やかみ合わせを大きく変える矯正治療などが行われることもありましたが、近年ではセルフケアと保存的治療(薬物療法、理学療法、スプリント療法など)が中心となっています。
セルフケアの重要性:TCHへのアプローチ
最も大切なのは、無意識に上下の歯を接触させていないか意識することです。TCHは顎関節症の最大の要因とされており、自分がTCHをしていると気付いて中断するだけで症状が改善する例も非常に多いです。
- TCHチェック方法
目を閉じてリラックスし、唇を軽く閉じるだけにしたとき、上下の歯が当たっているかどうかを確かめます。もし触れ合っているようであれば、すでにTCHの可能性があります。 - TCHを減らす工夫
日常生活の中で「歯が触れ合っていないかな?」と頻繁に確認する習慣をつけることが第一歩です。また、仕事中やスマホ操作中などに、あえて上下の歯の間にすき間を作る意識を持つことが有効です。歯を接触させるクセに気付いたら、一度あごの力を抜いて口を軽く開けることを心がけましょう。
食事の工夫
顎関節症の痛みが強い時期には、なるべく顎に負担をかけない食事を選ぶことが重要です。
- バケットや硬い肉、ガムなど噛む力が必要なものは避ける
- おかゆやうどん、そばなど比較的柔らかいものを中心にする
- 症状が落ち着くまで極力長時間咀嚼しなくてもすむ食事内容にする
内服治療
痛みが気になる場合、医療機関で処方される鎮痛薬を使うことがあります。代表的な薬剤としては以下のようなものがあります。
- 非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)
ロキソプロフェンやジクロフェナクなど - アセトアミノフェン
副作用が比較的少なく、安全性が高い - トラムセットなどの非麻薬性オピオイド
痛みが強い場合に使用されることがある - 抗うつ薬・筋弛緩薬
慢性的な痛みや筋肉の緊張をやわらげる目的で使われる場合もある
スプリント治療
顎関節症の治療でよく用いられる方法の一つに、スプリント(マウスピース)による噛み合わせの調整があります。特定の歯だけに噛む力が集中するのを避けるため、歯全体の接触をバランスよくするマウスピースを作成します。通常、就寝時や一定の時間に装着し、半年から1年かけて顎関節への負担を減らしていきます。
ストレッチやマッサージ法
顎関節症で開口障害がある場合、少しずつ口を広げる練習(開口訓練)が重要です。強い痛みが出ない範囲で行うのがポイントになります。
- 開口訓練
親指と人差し指を使い、親指は上の歯を持ち上げるように、人差し指は下の歯を軽く押すようにして、少しずつ開口を広げます。無理をせず続けることで徐々に可動域が拡大します。 - こめかみや頬のマッサージ
こめかみ付近を軽くくるくると指の腹で円を描くようになでたり、頬の張り出しているあたり(咬筋)を軽く押しながら回したりしてみましょう。これらは側頭筋や咬筋の緊張をほぐすのに効果的です。1日に数回、数十秒程度でかまいません。
痛みはどのくらい続くか
多くの人は保存的治療(セルフケア、内服、スプリントなど)を組み合わせることで、2週間から3か月ほどで症状が緩和すると報告されています。統計的には、約7割の患者が1年以内に十分に症状が落ち着くともいわれます。しかし、残り3割ほどの人は1年以上痛みや開口障害が続くことがあり、この場合はMRIなど精密検査を追加して原因を詳しく評価することもあります。
再発の可能性
顎関節症は再発する場合があります。一度、顎関節が変形したりダメージを受けた場合、その変化は元に戻りません。症状は治まっても、再度TCHを含む不適切な習慣が続けば、痛みや開口障害が再び生じる可能性があります。そのため、症状が改善した後も継続的にセルフケアを行い、顎関節に負担をかけないように意識して過ごすことが大切です。
顎関節症と手術治療
以前は、かみ合わせを変えるために歯を削ったり、矯正治療や大がかりな手術をすることが多かった時代もありました。しかし、現在ではセルフケアやスプリント療法、内服治療によって症状を管理できることが明らかとなり、手術に踏み切ることはほとんどありません。どうしても難治性の顎関節症や変形性変化が強い症例では、以下のような手術が行われることもあります。
- 関節内を洗浄する手術
- 関節鏡を使って癒着を剥離する手術
- 関節円板の位置を整復・切除する手術
- 人工関節への置換手術
多くの場合は入院して全身麻酔で行いますが、これはごく一部の難治性患者が対象になります。
やってはいけない習慣
顎関節症が疑われる、あるいは確定診断を受けている方が気をつけたいのは、原因となり得る習慣をそのままにしておくことです。具体的には以下のようなことが挙げられます。
- 頬杖、猫背、片側だけで食べる、長時間のガム噛み
- 日中の歯の接触(TCH)や就寝時の歯ぎしりを放置
- かみ合わせが原因だと安易に決めつけ、歯を削るなど大きな処置にすぐ踏み切る
基本的には、まずセルフケアで症状の変化を観察し、それでも変わらない場合に専門医で相談するのが望ましいです。
かみ合わせの矯正は必要か
かつてはかみ合わせを矯正すれば顎関節症が治ると考えられ、歯を削ったり、矯正器具を使って顎の位置を変える治療が行われることもありました。しかし、現在は「顎関節症=かみ合わせの問題」という図式だけでは説明できないことが分かっています。TCHやストレス、姿勢、不良習慣を変えるだけで症状が十分に改善するケースが多いからです。どうしても改善が見られない場合、専門の医療機関で検討することになりますが、まずはセルフケアを徹底してみることが推奨されます。
まとめ
顎関節症は、顎関節と周辺の筋肉に負担がかかり続けることで痛みや開口障害が起こる病気です。原因はTCH(上下の歯を長時間接触させるクセ)やストレス、姿勢、不良習慣など多岐にわたり、単独でなく複数の要因が重なって発症することが多いです。セルフケアで症状が改善する人が大半を占めますが、一度構造的に傷ついた顎関節は元に戻らないため、再発を防ぐには継続的なケアが重要です。痛みが長引く場合は、専門外来や口腔外科などを受診して、必要に応じた治療を受けるようにしましょう。