はじめに
「階段の下りがつらい」「椅子から立ち上がるたびに膝がギシギシする」──そんな膝の痛みに悩む人は年齢・性別を問わず増えています。痛みの原因は加齢による軟骨のすり減り、スポーツ外傷、日常生活の姿勢癖まで多岐にわたり、正しい対処には“自分の痛みタイプ”を知ることが不可欠です。本記事では初心者にもわかりやすく、変形性膝関節症と半月板損傷を中心に、膝痛のメカニズム・鑑別ポイント・治療法・セルフケアを網羅的に解説します。
膝の構造をおさらい
膝関節は大腿骨・脛骨・膝蓋骨の三つの骨と、それらをつなぐ靱帯・半月板・軟骨・滑膜など多層構造で成り立っています。
- 関節軟骨:骨端を覆い、クッションと滑走の役割
- 半月板:内側と外側に一つずつ存在し、荷重分散と安定化をサポート
- 前十字靱帯 (ACL) / 後十字靱帯 (PCL):脛骨の前後移動を制御
- 内側側副靱帯 (MCL) / 外側側副靱帯 (LCL):膝の横揺れを抑える
- 滑膜・滑液:潤滑油となり、軟骨に栄養を供給
- 大腿四頭筋・ハムストリングス:膝の動きを制御する主要筋
これらのどこに障害が生じるかで、痛みの場所・性質・進行パターンが変わります。
変形性膝関節症(OA:Osteoarthritis)
病態
関節軟骨の摩耗と骨端部の変形(骨棘形成)が進行し、関節内炎症が起こる疾患です。高齢者に多いイメージがありますが、肥満・O脚・筋力低下・過去のスポーツ外傷などが重なると40代でも発症します。
主な症状
- 動き始めのこわばり(スターティングペイン)
- 歩行や階段下りで膝の内側がズキッと痛む
- 正座や深いしゃがみ込みが困難
- 膝が腫れて熱を帯びる(滑膜炎による水腫)
- 進行するとO脚が顕著になり、可動域が狭くなる
進行度の目安
- 軽度:X線で関節裂隙の狭小化がわずか、痛みは運動後のみ
- 中等度:関節裂隙の明らかな狭小+骨棘形成、歩行痛・夜間痛が混在
- 重度:軟骨がほぼ消失し骨と骨が接触、日常動作全般が制限
半月板損傷(Meniscus Tear)
病態
縦・横・放射状などさまざまな裂け方があり、スポーツや転倒で膝をひねった瞬間に発生しやすい外傷型と、加齢変性で徐々に裂ける変性型に大別されます。半月板は血流が乏しく自己修復しにくいため、痛みや引っ掛かり感が長引きやすいのが特徴です。
主な症状
- 膝の内側または外側の鋭い痛み
- 曲げ伸ばし中にカクッとロッキング(動きが止まる)
- 階段昇降やしゃがみ動作でとくに強い痛み
- 関節内の腫れ(水がたまる)
- 痛む位置を指先でピンポイントに示せることが多い
損傷パターンと治療選択
- 縦裂け・バケツハンドル型(急性外傷):断端が関節内に挟まりロッキングが強い→関節鏡下縫合や切除が推奨
- 水平断裂・変性損傷(中高年):縫合しても癒合率が低い→痛みが強くなければ保存療法を優先
痛みの場所・発症シーンで絞り込むセルフ鑑別
| 質問 | YESの場合の示唆疾患 | NOの場合の次の疑問 |
|---|---|---|
| 動き始めに痛いが歩くと軽減? | 変形性膝関節症の初期 | 運動中も痛いか? |
| 膝を深く曲げると鋭痛+ゴリッと音? | 半月板損傷 | 伸ばすと痛いか? |
| 階段「下り」で痛みが増す? | 変形性膝関節症/膝蓋大腿関節症 | 上りで痛むなら別要因 |
| 膝の外側が焦げるように痛む? | 腸脛靱帯炎・外側半月板損傷 | 内側痛ならOA・内側半月板 |
| 足にしびれがある? | 腰椎由来・末梢神経圧迫 | しびれなし→関節系 |
セルフチェックはあくまで目安。確定診断には画像検査が必須です。
医療機関での診断プロセス
- 問診・視診:痛みの部位・タイミング・既往歴を整理
- 徒手テスト
- McMurrayテスト:半月板のクリック誘発
- Apley圧迫引き抜きテスト:半月板と靱帯の鑑別
- Lachman / Drawerテスト:ACL・PCL機能
- X線撮影:骨の変形・関節裂隙の狭小化を確認
- MRI:半月板の断裂形態・靱帯損傷・滑膜炎評価
- 超音波:関節水腫や腱炎のリアルタイム観察
- 血液検査:関節リウマチや感染性関節炎の除外
保存療法(手術以外)
1. 薬物療法
- NSAIDs:痛みと炎症を抑制
- アセトアミノフェン:胃腸障害が少なく長期使用向き
- ヒアルロン酸注射:関節潤滑と炎症抑制、週1回×5回が標準
2. 物理療法
- 温熱パック・超音波・マイクロ波:血流促進と痛み軽減
- 筋電気刺激 (EMS):萎縮した大腿四頭筋の再教育
3. 運動療法
- 大腿四頭筋セッティング:膝伸展位で太もも前面を10秒収縮×10
- ヒップアブダクション:中殿筋を強化し膝外反負荷を軽減
- タオルギャザー:足趾の把持力を高め膝への衝撃を分散
4. 装具・テーピング
- ニーブレース:O脚変形で内側荷重をオフロード
- キネシオテープ:膝蓋骨のトラッキングを補正
5. 生活指導
- 体重1kg減で膝荷重は4〜6kg減少
- 和式トイレや深い正座を避ける
- 階段利用は手すりを活用
手術療法の選択肢
| 手術名 | 適応 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|---|
| 関節鏡下部分切除 | ロッキングを伴う半月板断裂 | 低侵襲・短入院 | 大きく切除するとOA進行リスク |
| 半月板縫合 | 縦裂け・外周部損傷 | 関節保護効果 | 術後免荷・長期リハが必要 |
| 高位脛骨骨切り術 (HTO) | 60歳未満・片側OA | 自骨温存・スポーツ復帰可 | 骨癒合期間に半年以上 |
| 人工膝関節置換術 (TKA) | 重度OA・高齢 | 痛み激減・歩行改善 | 寿命15~20年・深部感染リスク |
セルフケア&予防プログラム
1. 1日5分の膝周りストレッチ
- ハムストリングスストレッチ
- ふくらはぎ伸ばし(ヒラメ筋)
2. バランストレーニング
- 片脚立ち30秒×左右3セット
- バランスディスク上でスクワット10回
3. 食事管理
- 抗炎症作用のあるオメガ3脂肪酸(青魚、亜麻仁油)
- コンドロイチン・グルコサミンは科学的賛否が分かれるが、十分なタンパク質摂取(体重×1.0g/日)が軟骨修復を助ける
4. フットウェアの見直し
- かかとが安定し、つま先が適度に反るウォーキングシューズ
- インソールで内側荷重を外側へ逃がすO脚用補正
5. 運動の順番ルール
- ウォーミングアップ(5分の軽い有酸素)
- ストレングス(筋トレ)
- クールダウンストレッチ
筋トレ前後に十分な血流を確保すると膝の微細損傷を最小化できます。
受診の目安チェックリスト
- 2週間以上痛みが続く or 日常生活に支障がある
- 夜間痛で眠れない
- 膝が突然ロックして動かない
- 体重支持が困難、膝が崩れる
- 明らかな発赤・熱感・発熱(感染性関節炎疑い)
該当する場合は整形外科を受診し、画像検査と専門的評価を受けましょう。
よくある質問(Q&A)
Q1:変形性膝関節症と診断されました。運動はやめるべきですか?
A1:いいえ。正しく管理された筋トレと低衝撃の有酸素運動(プール歩行・サイクリング)は軟骨への栄養供給を高め、痛み軽減に寄与します。
Q2:ヒアルロン酸注射は何回くらい続けると効きますか?
A2:週1回を5回が標準プロトコル。中等度OAで痛みスコアが平均30〜40%低下すると報告されています。効果が薄い場合はPRP療法など次の手段を検討します。
Q3:半月板を全部取ったら痛みは無くなる?
A3:短期的にロッキングは解消しますが、関節荷重が集中し変形性膝関節症の進行が早まるリスクがあります。可能なら断端を縫合し半月板機能を残すのがベターです。
まとめ
膝の痛みは「変形性膝関節症」「半月板損傷」を筆頭に、靱帯損傷・腸脛靱帯炎・膝蓋大腿関節症など多岐にわたります。
- 痛む場所・タイミング・動作を記録してセルフ鑑別の手がかりを得る
- X線・MRIで構造的変化を確認し、保存療法か手術かを判断
- 筋力強化・体重管理・姿勢改善を並行して“膝に優しい環境”をつくる
早期に適切なアプローチを開始すれば、手術を回避できる症例も少なくありません。膝に違和感を覚えたら、放置せず専門医や理学療法士、整骨院に相談し、自分に合った治療とセルフケアを組み合わせて、痛みのない快適な生活を取り戻しましょう。